昨日、音楽(カルト)系ライターNさんと打ち合わせした新企画のリサーチなどなど。早いところ企画をまとめて始動しないと、夏以降大変なことになるのである。担当編集者人事異動につき、宙に浮いてしまった新書リライトが1本あったんだった。これ、書いていいんだろうか。書きたい。書かねばならぬ。締め切りがしばらくないのでにわかに落ち着かなくなった今日このごろ。
そういえば昨日は夜になって、「H.P復帰おめでとうございます。」というメールが届いたんだった。おお、誰にも告げずひっそりと復帰して1週間ほど。早くも反応があったことにびっくり&気にとめてもらって感謝。高校の後輩というか無線仲間が近況かたがたメールをくれたのだった。
彼には会わずじまいながらも、今年の連休は4日に実家で法事があったので広島に帰っていた。で、その母校は今年、創立100周年。寄付を募っていたがしっかりと無視してしまいました。すみません。創立記念日の5月3日夜、わしら高校30期の同窓会があって卒業以来初めて参加した。さすがに他のクラスは「顔は見たことあるような気もするんじゃが、あんた、誰かいのう」で会話が始まるケース多数。
寄付もしてないのに真新しい同窓生会館で深夜まで騒いですみません。
しかし何より驚いたのが、1歳の子供がいるという男が2人もいたことだ。ヨメが若いということへのブーイングも多かったが、「大変ですなぁ」的な労りの声もため息とともに湧いたのだった。
手がけていた仕事が一段落したので、机のまわりを片づける。2月から大小含めて怒濤の連続締めきりだったので、資料やらゲラやら山と積み上がっていたので。ため込んでしまうと、これほど嵩高くなるのかと唖然とするほど。なんだかもったいないです。裏面をメモとするにも多すぎる。
直近に抱えていた書籍の2稿、3稿がA4で約300枚。資料のコピー、3月のS誌のゲラ、校正紙、資料FAXなどなどなど。編集の電子化が進むと紙での出力は増える、という漠然とした経験則はあったけれどこれほどとは、とちょっと驚いた。以前より、明らかに増えているんだから。とりわけweb版P誌のための出力が、ページ数は少ないくせに妙に多い。
これ、理由は明らかで、少し手直しして流し込んだら、とりあえず1回プリントアウトしたからだ。ウラを返せば、編集やデザインや校正や印刷など分業化した(オーセンティックな?)世界は、「とりあえずココまでやっておけばこの段階では及第点」という進め方だったということだ。「あとはお任せ。ゲラで確認するから」で通用したし、まぁそれがわかってるのがプロっぽいということだった。
でもそうじゃなくなっているんだよな。一人であれもこれも、という世界は嫌いではないが仕事でするのはしんどい。そんなこと言ってられないか。
世間ではサブプライム問題がどうのこうの、100年に一度の世界同時不況がどうのこうのと喧しいのでありますが、小社はどうなのか。うーん。出版業のビジネスモデルが変わったのだから、変化に適応せにゃならんぞよ、ということになるんだろうなぁ。
通りすがりの事情通としての現状認識を示すと、とりわけこの数年というもの、雑誌の世界は販売収入はあてにせず、広告収入でガバチョと稼ぐ仕組みに邁進してきたわけですが、それが崩壊してしまった。崩壊の理由を端的に述べると「広告の受け皿としての雑誌」てのが成立しなくなったから。
要するにちょいワルでファッショナブル、新製品に目がなくて、妻とグルメだ旅行だなんざ満喫するような「そんなヤツいるか的読者像」が、誌面の中だけに跋扈したんである。そりゃ売れません。
もちろん「ネットで読めばタダ」という新たな常識、大きな流れとの挟撃にあって、部数激減してきたところにこの不景気。これ幸い(?)とばかりに広告主は逃げ出してしまいました。
というわけで雑誌業界は、未曾有の事態に直面しておるのである。ビジネスモデルが変わった、というのは穏当な表現でして、直截にいえば従来のビジネスモデルは成立しませんです。はい。
この数年、小社の仕事は雑誌の比重が増していたので、これまたマジで未曾有の事態に直面しておるのである。でもね。昨年秋、慌てて動いたら締め切りが重なりまくって、年明けからの数か月というものこれまた未曾有のえらいことになったのだった。
信用を築くには多年の歳月を要するが、失うのは一瞬である。
実はこれ、昭和30年にもあった雪印集団食中毒事件(このときは社長が実に適切な対応をした)後の有名な社員訓辞だそうで、先週脱稿したとある原稿の中に書いた。まったくその通りです。しょぼん。
慌てず騒がず涼やかにペースを守ってコツコツと、というのが当面の営業方針。なんとかなるでショ、と。
最後の更新が2006年8月だったから、3年近くもほったらかしてあったのかぁ。
今また何で、しかもブログでなくて、というと、最大の理由はウェブの制作を手がけることになって(これについては諸般の事情があるのよ)、いろいろ試してみるのにまずは自分のサイトで、と思い立ったからだった。といっても仕事ではデザインとか機能とかの実作業はホンモノ(プロ)の方々にお願いしており、アクセス制限をかけたディレクトリの中の話なので、ここではほんの手すさびみたいなもんですが。
とりあえず適当なページをつくるのにダミーのテキストを載せるのも何だし、近況を書いて埋めてみようという軽い気持ちです。
もちろん、近況を見ていてくれる人が意外に多かったことも忘れちゃいけない。年賀状やメールのPSに「更新がないようですが」と書き添えてあったりして、ささやかな、でもとても勇気づけらることの多かった連帯感みたいなものを、もう一回暖めてみようかと思ってきたことも確か。ちょっとさびしんぼう(苦笑)。
あと機能としては
■愚痴を吐き出すための「裏庭の穴」
■アレを手がけていたのはいつだったのかという備忘録
■最近の様子をクライアントの皆さまに知っていただく消極的営業ツール
■自己愛のツール
■生存確認
フリーランスで仕事していると、数年前には夜も日も明けず一緒にいたような人々と、気がつきゃまったく音信不通ということもしばしばで、生存確認としての機能も重みを増しているような気がする。
とまあ、そんなこんなで復活のごあいさつにかえさせていただきます。