日々のインデックス (以前の日々)|


Aug. 2006

8月24日(木)
 ようやく更新しました。校了がダラダラと続いているのと、小社は今月決算なので帳面をまとめたりとなにかと気ぜわしい。校了と決算が心理面に与える影響はすごく似ていると思う。順調でもそれなりに緊張するし、問題があれば頭を抱える。おれだけ?

8月13日(日)
 今日から2泊の予定で広島に帰省中。毎度感じることだが、日射しのパワーが東京とは違う。なんだか束になってぶつかってくる感じで。例によって若干の長男業務を果たしつつ、高校野球をダラ〜っと見ている。
 今朝、目が覚めたら5時5分。朝イチの便に乗るには5時15分にはウチを出ないとまずいわけで焦った焦った。前夜、手荷物だけは作っておいた(といってもPCと若干の着替えを詰めただけ)ので、身支度5分。駅への道を走ったのは何年ぶり? 500mくらい走るともう脚が止まって日本代表@ドイツ状態。とにかくなんとか間に合って羽田に着いたらえらい混雑でしてな。広島行きも満席。隣の席の兄ちゃんがひどく汗臭くて閉口。最近、臭いの許容範囲が狭まっているのか、この手の悪臭に気付いてしまう。過日、友人の出演している演劇にいったら前席のオバさんが屁をこきやがって悶絶したのも思い出した。

 それはともかく。若い人もけっこう土産をもって帰省しているんだなぁと改めて気がついた。盆のこの時期、広島のイナカには、都会に出て行った人々が一斉に帰ってくる。「盆にゃあ墓参りに帰ってきんさいよ」と言われているわけですな。日本中そうなのだろうが、ここいらは真宗の浸透力があるだけにたぶんちょっと帰省圧力も高い。
 昔は、墓は生産財である田んぼとセットで長男が相続していたから、地域社会の仕組みも再生産できたのだが、わしらの一回り上くらい(要するに団塊の方々ですね)が都市労働力になったときから、回らなくなった。今はギリギリでその親の世代も生きているし実家もある。出て行った人々も帰ってきて親戚一同が顔を合わせているけれども、10年経ったらどうなんだろうか。と、毎年考えるのだが全体像はなかなか見えてこんのよ。ひまわり、夕立、セミの声は変わっちゃおらんのですが。
 わし個人を振り返ってもそう。親類縁者が一段と年をとったり、従兄弟の子供が増えていたりするわけだが、こことは違う社会の仕組みの中で生きとるけぇのう。ま、方向性は考えているけれども、それをいつまで先送りできるのかという問題はまた別。

8月3日(水)
 スペインでお世話になったコーディネイターのTさんが帰国中のため、昨夜はSG館Iさんとともに食事。ご母堂を日本に残してのスペイン在住(妹さんは日本にいらっしゃる)なので、ウチをスケールアップしたようなもの。何かと参考になる話を聞かせていただいた。この件でスペインに取材に行こうかと思うくらい。



Jul. 2006

7月23日(日)
 あと1週間で100枚弱(400字換算)、ようやく月末の締め切りのメドが立って、アップデートしようかという気にもなっている。もっと早くから取りかかればよかったよなぁと思うのは、かれこれ40年(!)も前の夏休みから変わっちゃいないのだ。

 目下その、手がけているのが「感情の老化を防ぐ」というテーマ。要約すると――老化は全身一様に進むのではなく、脳、それも感情を司る前頭葉から老化する。前頭葉は好奇心・自発性の宿るところでもあり、何ごとにも億劫で出不精になり体力も急速に衰えていく。だから感情の若々しさを保って前頭葉を活性化しておかないとならんのだ――ということ。

 で、ひとつ気づきたくない問題に気がついてしまった。
 前頭葉機能の衰えのひとつに「切り替えが悪くなる」ってことがあるそうな。本格的に壊れると「保続」という現象が起きる。「昨日のお昼は何を食べましたか?」と聞かれると「ラーメン」と答えられる。記憶力や質問を理解するには問題がないわけだが、「今日、この後のご予定は?」と尋ねると「ラーメン」と答えたりするわけだ。  ま、これは本物の認知症だが、その軽いバージョンとして気持ちの切り替えができなくなる、新しいものごとを柔軟に受け入れることができなくなる、という頑固ジジイと呼ばれる用件を満たしてくる。どうも原稿書いてて、おれ、その入り口に立っているような気がしてならんのよ。
 というのも、平行する他の仕事や原稿を書いてて、切り替えが悪くなったなぁとしみじみ感じる。長ーい原稿書いてるとき、雑誌の数ページのゲラ読んで赤入れて、みたいなことが以前よりもずっと面倒くさいのう、と思う。せっぱ詰まっているとき、2つの違う原稿を、3時間ずつ書くとかえってリフレッシュしていたこともあったのだがウソみたい。
 ま、それはそれで仕方がない。ある日突然喪失した機能なら愕然とするんだろうが、じわじわと押し寄せてくるもんだから「老人力がついた」と思えなくもないわけで。

7月11日(火)〜13日(木)ごろ
 ※このころ書いていたことの断片。
 ・決勝Tに入ってからは仲間内でちょっとした工夫をしたこともあって、観戦モチベーションがむくむくとはち切れんばかりに湧き起こったのだった。
 ・結局、優勝はおれの目論見通りイタリア。うひひひひひ。
 開始早々、ジダンにPKを決められなんだこりゃと溜め息ついていたら、マテラッツィのヘッド1発で同点。腕の刺青が下品ですが、もっとバカっぽいやつ各国にいっぱいいるしな。以降膠着しつつも、イタリアに得点の匂いはしなくて、フランス攻勢。とはいえ、どこにでも顔を出すチューバッカ(あ、ガットゥーゾね)と、立ちはだかるカンナバーロ。延長後半には札付きマテラッツィにジダン頭突きくらわせて一発退場という波乱、結局PKまでもつれ込みましてな。5人とも決めたイタリアが優勝!!!!! 
 ……さて、祭りの後の寂しさはどうやってまぎらわしますかね。



■このページの先頭へ戻る

6月までの日々
最初のページに戻る

ご意見、ご感想、その他 こちらから およせください。
(アドレスの頭のXを削除して送信してください。お手数をかけて恐縮ですがSPAM除けのため)