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7月20日(水)
先週末、下記、備忘録に写真を入れてアップしようとしたのだが、ファイルがむやみに重くて(全部で2.1MBくらい)、写真点数を削ったりjpgの圧縮率を上げたりとめんどくさいな。今どきダイヤルアップで接続してウェブなど見る人などおらんじゃろと思い直して、結局全1.3MBくらいになったところでとりあえずアップ。
写真入りで毎日更新できる方々のマメさには素直に頭が下がります。
7月19日(火)
神楽坂D社編集部で6月末に取材撮影した軽井沢の写真切り出しと構成。…難渋。点数は20カットもないくらいで少ないのだが、写真の訴えてくるモノが希薄でどうにもメリハリがつかん。デザイナーさんの力量に期待。
金曜はR誌編集部でスペイン取材の写真選びと構成。3時間くらい、の予定が6時間近くかかっても終わらなんだ。600カット以上あって、こちらは説明することが山ほどあるのと思い入れが強力だもんで。
などという作業、「原稿を書く」とはまるで異質な仕事であることよ。とくに書籍。単純に言うと孤独(おおむねいやじゃないけど)。瞬間芸より先送り芸だし(こちらもそれなりに得意)。5円玉で五重塔を作るような、ズレた努力をしている場面もないではない。
ありがたいことに今月、来月と取材・執筆のバックオーダーを抱えているので、進められる仕事は進めておきたいんだが、ものごとはおれの都合だけでは動かない。ま、できるだけ資料整理をしておいて、一気に片づけるしかないわな。なんか小学生の作る夏休みの計画に近いものがあるが。
7月15日(金)
火曜(12日)朝、帰国。その日と翌日はまぁ元気だったのだが、3日目の昨日、朝7時頃に目が覚めて、あと30分だけ…と眠ったところ目が覚めたら午後2時過ぎ。正体を失って爆睡していた。1件、13時の予定をぶっちぎってしまいました。すみません! 時差ぼけが数日経って出るのも老化の現れか。
帰りのエールフランス(スペインから日本への直行便はないのでマドリード〜パリ経由)は席が悪かった。おれは例によって通路の席を取ったのだが、隣の2人が出張帰り風のオヤジ2人連れ。こいつらがず〜〜〜〜〜っとしゃべっておるわけだ。どこそこに行った、ここに行った、今度はシチリアに行ってみようか、会社の人事についてあれやこれや、エールフランスのマイレージ会員の申し込みをしたいんだけどなどなど。男2人でよくそんなに話すことがあるもんだ。
窓側の男は飲めないらしいからまだいいが中央の男(つまりおれの隣)はシャンパン、ビール、ワインと立て続けに飲んでるもんだから声がだんだんデカくなる。トイレもどんどん近くなる。で、トイレに行くにはおれが立ち上がらないといかんわけだが、「すみません」と言わないのだ。こいつが。「あ、通してください」と言う。なんじゃ、そりゃ。おれはあんたの部下じゃないですぜ。おれは離陸してメシ食ったらワインとビール飲んで成田まで寝てようと思うのに、このバカどもがぁ。これ見よがしに耳栓して毛布を肩まで引き上げたが、遠慮を知らないのがバカのバカたる所以。
むかついていたらもうひとりバカがいた。おれの後ろの席のオヤジ。隣の姉ちゃんに自分が今まで行ったことのある街(もちろん海外)の話をとくとくとしてやがる。女も女だ、合いの手を入れながら聞いてやるもんだから、オヤジは口説くわけでもなく調子に乗って語る語る。
結局、成田まで隣か後ろのバカの声が響いていた。後ろのバカは、部下の女が立場上仕方なく聞いているのをいいことに語り倒したのかと思ったら、まったくの他人だったらしい。姉ちゃん、話、聞きすぎ。本気で感心していたとも思えないが、迷惑だと言ってやれよ!
そんなこんなで、最近になく疲労困憊。
でも、今回の仕事自体はえらく面白く、得難い体験だった。エル・トランスカンタブリコという個室寝台の豪華列車で、スペイン北部の自然と食事と巡礼の道をめぐる旅の取材。以下、備忘録を日記式に(期間中、随時書いたモノがベースなので細部に間違いあるかも)。
DAY 0 金曜日
・13時30分頃ホテル着。サンチャゴ・デ・コンポステーラのパラドール。成田を発って約23時間(パリ〜マドリード経由)。マドリードの空港は国内線への乗り継ぎがわかりにくくて歩き回る。
・2日前に先乗りしてチェックインしているはずのカメラマンKさんが部屋にいなくて難儀。空腹で、しかも眠たい編集Iさんは機嫌が悪くなるし…。
・近くのバールで昼食。でもいまいち。オイルサーディンを頼んだら、ホールのオヤジは「あるある。わかった」といてるくせに、焼いたイワシを持ってきた。
・カテドラルをロケハン。12〜18世紀の建築なのに陰鬱な重厚さがないのが印象的。同時期の、イタリア教会建築から受ける押しつぶされそうな「あの感じ」がないもんで。で、街中が世界遺産登録されている。
・通訳・Tさんと待ち合わせ。田村正和と役所広司を足して2で割ったようなルックスで、スペイン在住30年以上というベテランガイド。
・夕方からパラドール内撮影。元々は16世紀にできた巡礼者のための宿泊施設で、世界最古のホテルともいわれている。旅に病んだ人々の王立病院でもあり、レストランは昔はモルグだったそうだが、巡礼の目的地で斃れた人に恨み辛みや未練などあろうはずもない。と、まったく気味悪さなど感じなかった。おれは異教徒だし。
・ディナーはガリシア地方の郷土料理をアラカルトで注文。羊のローストは焼き鳥風に一口大にカットしてあり、肉本来のあっさり味。夕景(とはいっても22時過ぎ)でパラドールの中庭からカテドラルの尖塔を撮影して爆睡。
DAY 1 土曜日
・9時にロビーで待ち合わせたのに寝過ごす。午前中、市内撮影。
・カテドラルはミサの最中。天井からの燭台(電気式だけど)が点いていて、撮影しようとするもセッティング中に消灯。ちぇ。
・12時、エル・トランスカンタブリコの待ち合わせ(@パラドールのロビー)。車両長/セニョール・ホアキン、アテンド/セニョリータ・ノリア。
・市内ツアー。ガイドのおばちゃんの説明が異様に長くて、訳してもらいにくい。
・カテドラルの中で本隊からわしら取材チームだけはぐれたので、先にパラドールに戻る。どっちみち14時から、ここのレストランでランチなもんで。
・ランチ2時間。
・16時すぎ、大型バスでフェロールへ移動。FEVE(スペイン狭軌鉄道)・フェロール駅から列車に乗り込む。すでにスーツケースはコンパートメントのベッド下に運んである。
・1時間ばかり走ってビベロ。12世紀にできた古い町をウォーキングツアー。ここも陰鬱さがない。建物の材料になっている石の違いか、建物表面をペイントしてあるからか、イタリアより簡素な印象(悪い意味じゃなくてチープ)。
・バスでレストランへ。田舎町に突然あらわれる庭の洒落たレストラン。結婚式やってて、ジモピーが陽気に飲んだくれていた。
・ディナー、やっぱり2時間以上。メインはスチームした2種のカニ。
・隣に座ったのがスペイン人のカメラマン、ソト。英語堪能。「日本語の意味だとおれはミスター・アウトサイド」と自己紹介。おれが「Call me GOTA, for short」といったら「Ah, Mr. Raindrop」なんだそうな。スペイン語では雨だれのぽたぽたをgotaというらしい。
・連れのお姉さんはライターのエレナ。「日本人は魚を食べるでしょ。鮫、食べる?」とマニアックな質問。「西日本、とくに広島の山間部では食べる」と返答。彼女も英語堪能。英語のほとんど通じない国ながら、ジャーナリストは知的な職種みたい。
・漢字は文字そのものが意味を持っていること、音読みと訓読みがあって複雑なこと、音だけを表す「かな」があることなど、説明するけどどのくらい伝わったか…。
・24時前に列車に戻る。シャワー浴びて爆睡。ミストサウナがついていて快適。
DAY 2 日曜日
・前夜は列車内のパブで日本人以外は踊りまくっていたんだそうな。「なんで来ないの?」といわれてもなぁ。「くたびれちゃって…」としかいいようがないです。
・ビベロ〜リバデオ〜ルアルカと海辺を走る。曇りのち雨。
・リバデオでは浸食されて切り立った巨岩の海岸をウォーキングツアー。
・ガリシアとアストリアを隔てるエオ川の河口を遊覧船でクルーズ。河口に橋が架かるまで25キロ上流まで橋がなかったとか。干満の差が大きい場所なんだそうな。
・アストリア側のパラドールのレストランでランチ。スターターはコロッケとサーモンの包み揚げ。メルルーサのムニエル(?)がメインかと思ったら仔牛のステーキが出てきて苦しい。ノドまでふさがるくらい満腹でしんどい。
・ルアルカの陸橋へ列車を移動してもらって(!)撮影。ホアキンが運転士に携帯電話で停止位置を指示してくれる。でも雨。
・ディナーはスターターのコロッケ(梅干しくらいの大きさ)で胸がつかえた感じ。ホワイトアスパラに詰め物した料理は美味しかった。メインは巨大ロブスター。スチームなのでさっぱり感はあるけど何しろでかいので、これまた苦しい。日本チームには食事が苦行になりつつある。
・今日もパブ車両に行けずに爆睡。
DAY 3 月曜日
・ルアルカ〜オビエド〜ヒホン。オビエドはアストゥリアス地方の中心都市。アストゥリアス様式(プレロマネスク)の教会を見学。窓の小さな、禁欲的なロマネスク建築。教会内には当時の壁画が残っていて、世界遺産に登録されている。宗教画以前の、生活の様子を描いた壁画。
・オビエド市内のレストランでランチ。スターター3品を一皿ずつ、都会的に洗練されたサービス。メインの骨をはずしてゼリー寄せにしたオックステール煮込みも美味。
昨日「食事が苦行になりつつある」と感じたばかりだが、いきなり今日は苦にならなくなってきた。もう体が慣れたのか。店の中程のテーブルを撮影用にセッティングしてくれて、恐縮。
・オビエド市内でフリータイム。ファバダ(豆とチョリソ&ベーコン類煮込み)の材料を土産に買う。
・列車でヒホンへ。市内バスツアー後、フリータイム。バルの屋上に上がらせてもらって海岸ごしの教会を撮影する。ハーバー側は撮影ポイントなし。
・広場でシドラ(リンゴ酒)をコップに注いでいた兄ちゃんが、親しげに近寄ってきて「飲んでみろ」とコップを差し出された。誰?この人?と怪訝に思っていたら列車でウエイターをしている兄ちゃんだった。
・ヒホンでディナー。参加者のひとりがなにか演説しているのかと思ったら、小話の一節をかましていたのだそうな。
・前菜のサラダは、焼いて薄切りにしたイベリコ豚のサーロインが野菜の下に隠されていた。ビネガー風味が食欲をそそりますな。メインはアンコウをソテーにホウレンソウのグリーンソース。決して凝っているわけではないのだが、これまた美味い。
・ディナー後、町中で一杯だけ。ソトとエレナを誘う。駅まで歩いて帰還。
DAY 4 火曜日
・ヒホン → アリオンダス 列車で移動(移動中に朝食)。アリオンダス駅からコバドンガとエウロパ山国立公園へバスツアー。海岸線から40〜50kmというところだが、2000mを越える山々が連なって冷涼な空気。荷物を満載した自転車の兄ちゃんはアルゼンチンから来たそうだ。
おばちゃん「アルゼンチンから自転車で!?」
兄ちゃん「そんなわけないだろ」
どこの国でもおばちゃんの感想は真っ正直なんだなあ。
・湖畔の茶店(?)でシドラ・パーティ。山羊のチーズが美味い。
・コバドンガ ペラヨ・グラン・ホテルのレストランで昼食 上品なファバダが出る。
レコンキスタの発祥地、王様が隠れていた洞窟がある。
・タクシーでオレオ(高床式の倉庫)撮影。地元の農家/ホセ・マヌエルさん宅。晴天で快適。ホセおじさんの趣味(本業?)が木工。作業場には切り株を使った椅子やベンチからオレオの模型まであって、こういう生活もなんかうらやましい。
・フリータイムを使ってカンガス・デ・オニスの橋など撮影。ソトが河原で靴を一生懸命ぬぐっている。「"Human suvenir"を踏んじまった」んだと。しっかりぬぐっといてよ、バスの中、臭くなったらたまらんから。
・夕方、リバデセージャ。なぜか海辺の高級住宅地をバスツアー後、フリータイム。
釣りの少女、ロシア人の船、移動遊園地など。
・少し離れた入り江近くのレストランでディナー。キンキのロースト。
DAY 5 水曜日
・リバデセ−ジャ→カベザン・デ・ラ・サル ローマ時代からの塩の産地、60年前に掘り尽くしたらしい。バスでアルタミラへ。雨。洞窟見学。
・レプリカでもリアル。でもレプリカ。においが違うんだと思う。たぶん。
・きれいな中世の街、サンティジャーナへ。聖ジュリアーナの棺が安置されている教会へ。回廊の柱頭は聖書の物語。イタリアほど陰鬱ではないけれども、中世キリスト教の苛烈さには胸が重くなる。
・サンティジャーナでランチ。フリータイムもそこそこに、早めにレストランに行ったので30分ほど隣のバルでビールを久々に飲む。サンミゲール(生)。ちょうどオリンピックがロンドンに決定した瞬間をテレビで見た。マドリードも候補だったそうで、「あ〜あ」とお客は一瞬落胆したものの10秒後には元の雰囲気に戻っていた。そんなもんですか。
・ランチ、前菜はサントーニャのアンチョビ、リーキと小エビのパテなど。サントーニャは海岸線が有名で、アンチョビが名物だそうな。土産候補。メインはアントレコート(牛のあばら肉)のステーキ。塩コショウだけで焼いてあるのでさっぱりしていてつい完食。
・スペイン南部でレストランを経営するペペおじさん(先日の小話おやじだ)と同じテーブルになったので、プロとしての感想を聞く。
「トランスカンタブリコの食事、なかなかいいよ。北は食べ物がおいしい、南は揚げ物多いけど。期待通りだ。いい素材をシンプルに生かして美味い。ものすごく食事が考えられている。ランチとディナーの組み立てもいい。お腹いっぱいでも食べられる? そうだろ。満腹、満足」
・なんてことを聞いてたら、ノリアちゃんが迎えに来て「あーよかった。置いて行かれたらどうしようかと思った」とペペ。真面目な顔で言うスペイン語の冗談が冗談だとわかるところに話芸を感じるぞ。雨は上がったが日は出ない。
・列車でサンタンデールへ。海岸付近をバスツアー。高級邸宅が並ぶが観光の目玉はなし。ラシン・サンタンデールのスタジアムの脇を通る。
・15分だけ町を散策。スペイン産の塩やサントーニャのアンチョビなど、スーパーで買い込む。
・ディナーはカジノのレストラン。スターターのテリーヌ、キンキ?がとくに美味い。
メインはメルルーサのグリル。日本で食べる冷凍白身魚としてのメルルーサとは別モノ、しっかりした味わい深いサカナなんだな。
・日本チーム3人を除いてカジノへ。バクチ嫌いのわしら駅周辺のバルで一杯飲もうとしたのだが、一軒も開いていない。列車に戻って車内のパブへ。ウエイターのデイビッドが自分の名前を日本の文字でどう書くのか聞くので、ファミリーネームのレイを「玲」と書いてあげた。ノリアちゃんは「紀亜」。しばらくすると新婚カップルやペペ夫妻が戻ってきてしばらく歓談。
DAY 6 木曜日
・サンタンデール→ビルバオ。ビルバオはバスクの州都、人口35万の都会。ここの目玉は1997年にオープンしたグッゲンハイム美術館。衰退した造船や製鉄に代わって、観光で経済再建を期待するバスク政府が誘致したというだけあって、外観からして存在感は圧倒的。金属とガラスと石でできた有機的な曲面の巨大建造物。展示されたリチャード・セラの巨大な彫刻(だそうだが、船のように大きな鋼鉄によるうねうねした三次曲面)で、何がなんだかわからない。通訳をお願いした谷口さんは、そもそもスペインの現代美術を日本に紹介する仕事をしていたそうで、「…と、作家の意図を読み取るんですよ」と、現代美術の見方を説明されても目が泳いでにわかに頷けない。入門編としてリキテンスタインの作品を解説していただく。目で見えていることなど、メディアを含み現代人が得ている情報には錯誤やウソが混じっていることをこの絵(「鏡のかかっている室内」)は示しているらしい。スペイン巡礼の道を旅して、現代美術の一端を講義してもらえるとは思わなんだ。
・ビルバオ市内のレストランでランチ。青山あたりにある美容室のようなインテリア。スターターで出た「イカのおじや小イカのフリット乗せ」美味し。
・旧市街を散策。どこの街でも感じていたことだが、スペインの女性、上半身のスタイルが素晴らしくいいのだが、ヘソ周りの肉付きが強烈。でも堂々とヘソ出しで歩いている。どんなに腹が出てても胸はもっと大きく、しかも下がっていないのだから頭が下がります。大胸筋の威力か?
・ビルバオ→ソトスクエーバ。石灰岩が隆起してできた岩山を灌木の林が囲む風景にと変わってきた。オホ・グアレニャの洞窟へ。実はおれ、鍾乳洞マニアなのでこれにはワクワク。でも石柱や石筍は見学コースになく洞窟内の教会を見学しただけ。中世キリスト教に想像力を働かせると、つい重苦しさを感じるのはやはり異教徒だからか。そういや編集担当Iさんは中世ヨーロッパ史が専門(@上智大学)だった…。
・ディナーは列車内にて。火曜日に行った町、カンガス・デ・オニスのレストランからのケータリング。メインはイベリコ豚の蒸し煮。香り豊かな濃厚な味、でも食が進む。
DAY 7 金曜日
・ソトスクエーバ→バド・セルベラ。バスで70〜80km離れたカリオン・デ・ロス・コンデスへ。ここは著名な巡礼路の町。石畳に埋め込まれた金色の貝印が教会への目印。12世紀、ロマネスク建築のサンタマリア教会。
・フロミスタへ移動して聖マルティン教会。巡礼路のため、ホタテ貝の目印を付けた巡礼者多数。自転車で回る人も目立つが、日差しの強い街道を黙々と歩く人も少なくない。
・ランチはビジャカサル・デ・シルガという町のレストランで。まずアルバダ・スープ(カスティージャ風スープ)が絶妙な旨さ。ブイヨンに加えて若干の香味野菜とハムでダシをとって、ニンニクと硬くなったパンを煮くずれるまで煮込んだもの(たぶん)。これ、一度、日本で作ってみよう。
・とにかく美味だったのが乳飲み羊のロースト。皮とゼラチン質と脂肪と柔らかい肉と、骨の周りのカリッとした膜、どれをとっても言葉を失う旨さ。今まで食べたどの羊よりも純粋無垢にして、複雑玄妙。人間の業の罪深さを忘れてひたすら食べる。「サブローソー!」(スペイン語で「美味しい!」)連発。調子に乗ってお代わりまでしたのだった。命を落とした子羊のためにも残したりできません。
・食後酒はケイマーダ。オロロソ(シェリー酒の一種。かなり強い)+砂糖+フルーツ+コーヒーを鍋で煮て火をつけ、強すぎるアルコールを飛ばした飲み物。
・食後、バスでグアルドへ向かう。参加者のひとりでパティシエだったというおじさんがおれたちの席に来て「今日食べたのが本当のスペイン料理だよ。今まで食べたのはヨーロッパ化された料理だったけど、今日のが伝統的な料理だ」と、力を入れて説明してくれたのだった。
・4世紀ごろのローマ人住居跡を見学後、グアルドへ。システィエルナまで列車で移動。到着後、列車の運転席を撮影させてもらう。
・ディナーまで30分ほどあるので、Iさんと食料品店を探して町へ。山間の、この仕事でなければ一生来なかっただろう町をぶらぶら歩いてスーパー発見。サフランが妙に安かったので缶詰類とともに買い込む。
・駅前のレストランでディナー。「駅前の」というと安直で味は二の次というイメージだが、ここまでのトランスカンタブリコの食事からすると期待大。
・が、セシーナ(牛肉のハム)ほかスターターの4種はこれまでの店に比べると今ひとつ。一瞬、最後のディナーなのにと思ったが、メインのフィレステーキで一挙に挽回。霜降りじゃないのに柔らかくしっかりした味わい。シンプルなペッパーステーキにチーズのソースはインプレッションポイント高い。
・明日、半日だけプログラムはあるものの、列車内のパブで賑やかにお別れパーティ。
DAY 8 土曜日
・システィエルナ→レオン。走る車内でパッキングをすませて、10時45分、ホームに降りる。7泊8日、お世話になったスタッフと、握手とキスでお別れ。
・駅からサンイシドロ教会、さらにカテドラルへ。カテドラルは13世紀の初期ゴシック建築。ここのステンドグラスはスペイン最大、つまり開口部の多い建物。手前のステンドグラス、祭壇に向かって左(北側)は寒色、右(南側)は暖色を主体としてイエスの現れる前の世界を表している。下部は動植物や人間界、中段は王や貴族など、上段に聖人15人が居並ぶ。ちなみに左は旧約聖書、右は新約聖書の聖人だそうだ。
・正午を期して結婚式が始まった。世界遺産での結婚式とはゴージャスな話である。日本のウエディング関係者は垂涎かも知れんが、カトリックだから離婚できんぞ。ちなみに市役所で挙げると離婚可能らしいです。
・町中に結婚式を挙げているカップルがやたらと目につく。スペイン版大安吉日かと思ったら、6〜7月がシーズンなんだそうだ。母系の強いこの国では、母親の里で結婚式を挙げることが多いとか。
・しばしフリータイム。市場近辺の旧市街を一回りしてガリシア料理を出すバルでビールを飲んでたらペペ夫妻&元パティシエ夫妻ご一行に出会う。おごっていただきました。ぐらしあす。
・最後のランチをとるパラドールのレストランへ。レオンのパラドールは、第七騎士団によって16世紀から200年かけて建てられた病院兼修道院の荘厳華麗な建物。
・ピスタチオの入った山羊のチーズは白眉。モルシージャを細く包んであげたつまみのような料理とともに、本日のワインによく合います。メインはこの地の名物、子豚のロースト。皮と身とその間のゼラチン質の旨さに開眼(昨日の子羊とともに)。
・ランチ後、参加者一同、しばし別れを惜しみ合って解散。通訳・Tさんも次の仕事があるそうでここでお別れ。わしら取材チームはこのパラドールに宿泊。
なんだか飲食日記みたいだが、このツアーの大きな特徴が食事にあることが、参加してよーくわかった。で、昼夜食べまくったわけだが、ワインは食事に比べて少し手薄な印象。基本的に地元のワインを供しているようだが、ちょっとカジュアルだった。
飲食日記の追加。9日夜はレオン泊。昼間下見した広場のバルに編集Iさん、カメラKさんと出かけ、Iさんの真似してシェリーを飲みながらハモン。これが絶品。シェリーって食前酒のイメージがあったけれど、夏の夜にいいですなぁ。アンコウのフリットと野菜のグリルもつまみながら広場に出されたテーブルで仕事の終わった開放感&異国の夜風をしみじみ味わったのだった。で、もう1軒行きますかぁ、と向かったのが昼間のガリシア料理のバル。ペルセベス(カメの手)をどうしても食べてみたかったので。一皿32ユーロでほかの料理の約10倍。で、10倍美味いかというと…。
で、10日はマドリード。夜、仕事帰りの通訳Tさんと再会して、下町のバルを何軒か案内してもらう。唐辛子のピクルスには惚れたね、おれ。今回、一度もパエリヤとカスパチョはメニューになかったので、リクエストして広場の繁盛店へと案内してもらった。ガスパチョはうまかったがパエリアはイメージとちょいと違った。こりゃ次回バレンシアに行かないとなぁ。ぺぺのレストランもアリカンテ(バレンシアの街)にあるし。
帰国後、おそるおそる体重計に乗ったら体重は約1kg増、体脂肪率は1.6%の上昇にとどまっていた。3月、イタリア飽食取材から帰ったときは明らかにカラダが重たく感じたのだが、今回はわりあいラクだった。今回は、深夜の飲食がレオンの一夜ぐらいでほとんどなかったのがよかったのかも。
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