日々のインデックス (3月以前の日々)|
■(朝)6時だよ、羽田集合!
■校了と金メダル
■柔らかくないとバランスが崩れる
■西武新宿線鷺宮のタイムトンネル
■東京で観測史上の最高気温を更新、の翌々日
■ジジイに「たかが」と呼ばれない人間に君はなりたいか?



Sept. 2004

9月28日(火)
 得体の知れない不安、ってないですか? まぁ不安の正体に背けているからそうなる、ということぐらい経験から知っているわけで、片づけるべきコトを先送りしているうちに、雪だるま式に膨れあがっているからなんだよなという見当はつく。
 できる、できるはず、だって今まではできたもん、という経験則を頼りにした自信にたいした根拠はないと思っていたけれど、ここんとこ「根拠のない自信と思い込みがツキを呼ぶ!」をテーマに、精神科医W先生の口述取材をしていると、またまた「わしはツいとるんじゃけぇなんとかなる」と納得してしまうのであった。
 明日から日曜まで3泊5日のデンマーク。海外出張は気分を入れ替えるのによく効くので、ありがたいタイミング。フィジカルコンディションにはキツいが。

9月13日(月)
 週末、一段とSPAMが増えた。んー、何か理由があるんでしょうか。できるだけメールアドレスは変えない方がいいだろ、と思ってきたけれど、ときどき変えるのもセキュリティのうちなんじゃろか? 新聞の社会面の記事も、子どもを後から銃撃下だの幼児虐待やら一家殺害やら、殺伐さがとんでもない段階に来ているようだし、なんだか引き返せなさ具合を感じてしまうのだ。何かとセキュリティは気にかかるのだが、その割にはセ○ムの株価はパッとしませんな。

9月11日(土)
 懸案の書籍企画のうち2点が、動き出して1点は今月中の脱稿を求められている。実はこの9月、むちゃくちゃなスケジュールになっていて来週は奈良から沖縄、月末はデンマーク、直後にはタイと、終日原稿を書けそうな日は再来週の数日しかないことが判明。「よし、読者は高齢者だから文字デカくして180枚くらいの原稿量にしよう!」と担当編集GANちゃんを押し切ったもののそれでもヤバいかも。某真理教のヘッドギアみたいな装置をつけて思考を瞬時にテキストデータにしてくれるソフトがあったら、即、買うんだけどなぁ。あ、でもいろんな場面での自白用に使われそうで危険か。半日かかって、先日、佐島で取材してきた「大人の少年オヤジ」の対談テープを起こす。

9月5日(日)
 台風ですな。今日、明日と沖縄取材の予定で、朝っぱら6時に羽田空港に行ったところ、出発便の予定を知らせるボードには欠航の赤い文字が流れていた。マジですか。一昨日、取材先の先生が「水中エクササイズを体験してもらいたいので水着を持ってくるように」とわざわざ電話をかけてきてくれたのに。同じく、ホテル広報の人も「台風? あ〜来てるようですけどね」と事も無げだったので、晴天は望めないにしても何とかなると思っていたのだが。
 JALは7時前には、終日欠航を決めていたけれど、ANAは午後の便は未定ということだったので、写真家FさんとI編集長とおれ、欠航がはっきりするまでは羽田で待つことにした。羽田の構内は無線LANがあったので、最近自慢のPower Book G4でANAのページや、沖縄地方の雲の様子や天気予報など見つつ…。「大型で非常に強い台風19号」だと!? まずいじゃん、などといってるうちにANAも全便欠航が決定。朝っぱら10時には解散。とほほ。映画『台風クラブ』みたいに、台風の雨風、ちょっとわくわくするもんだったが、今回はまいった。

9月1日(水)
 先日、新橋からゆりかもめに乗って某化粧品会社のオリエンに出かけたとき、無慮9割がたが小学生つれてお台場へ向かう親御さんとデートな若者だったことがあってたまげたよ。でも、生徒諸君は今日から学校。原宿界隈もすこし落ち着いた。突然車道を渡るアホどもも姿を消した本日、自転車ツーキン2004-2005シーズン開幕。と勝手に決めた。ま、暑い暑いといいながら、8月中もプレシーズンツーキンをこなしてきたワケだが。

Aug. 2004

8月19日(木)
↓の仕事、昨夜はもう校了なのであった。監修者もT社まで来てくれて、その場で確認しながら赤字をいれて、11時ごろ(夜です)さぁ終わったと思ったら、DTPの人も来ていて編集部のPCで赤字を修正してAカラーで出力するのでそれ見てってちょ、ということになった。全96ページとはいえ、ムックはムック。いわゆる雑誌スタイルだからキャプションは無慮数百、本文修正、見出し位置変更などなどでこりゃしばらく時間がかかるわい、とスタッフとともに近所の焼き鳥屋へ。編集部にもどって午前2時30分キックオフの男子サッカー(日本×ガーナ)見て、五月雨式にあがるAカラーを確認、北島康介の2個目の金(200平)や中西悠子の銅(200バタ)など伝えるニュースを見つつ夏の朝日が昇って、近所のホテルのダイニングで朝飯食って念校見てからウチに帰ったら今朝10時前だった。床でストレッチしながら一緒にダラダラと待っていたAさんは昼から取材だといっていたが、わしも夜までに1本短い締め切りがあることが気になって、寝汗が冷や汗に変わって昼過ぎに目が覚めた。真夏の徹夜は辛いっす。

8月11日(水)
 いやになるほど大量、でもないのだがそこそこの分量の仕事を抱えて蓼科の山荘に来た。着くやいなやFAXの感熱紙が切れていることがわかって麓のホームセンターまで買いに行くハメになったが、1人での山岳ドライブは嫌いじゃないもんで、嬉々としてかっ飛んで行ったわけよ。実は先日の「70ページほど書く」という仕事、レイアウトがぜんぜん上がってないんですぅ! ラフから文字数を想定しつつ要点整理メモ、みたいなものは書いたけど、FAXでレイアウトを受けて一気に原稿を書く予定。脳幹まで温まるような暑い暑い東京よりはかどることは間違いないけどな。ここには大量のLPもあるわけでBGMにもコトかかんし。えーと、いまの外気温は17度! 室内23度。半ズボンにTシャツではちょと寒い。

8月8日(日)
 爺さんの代に、近所の家とトラブルがあって暴行殺人事件を起こしてしまいました。世間から袋叩きにあって、ウチ、放火までされてえらい目に遭ったんですが、その後、真面目に働いて町内有数の金持ち(借金も)になった今日このごろ。ええ、昔のことは一応謝って和解していたんですけどね。最近、町内麻雀大会がかつて事件の起きた茶伊奈さんちで開かれたんですが、ウチの若いもんが玄関上がったときから嫌がらせの嵐。勝ち上がってトップをねらうとこまで行ったら、茶伊奈さんちの孫やら曾孫やら、モノを投げるわ罵詈雑言は浴びせるわで、ここんちの躾はどうなっとるんじゃと思いましたよ。昔あったことをよっぽどむちゃくちゃを教えとるんじゃろうねぇ。ほんま。最近は景気もよさそうだし、だいぶ洗練されてきたと思ってましたが、やっぱり品がないんですかなぁ。南3局、茶伊奈とトップ争いになって、タンピンドラ1できれいに上がったら先ヅモじゃないかとえらいクレーム付けてきて、結構ムッとしたんですが、南4局は四暗刻単騎で茶伊奈んち直撃してやって気持ちよかった〜。

 それはそうとアジアカップ、川口の神懸かり具合はすごかった。前線の泥くさ具合もなかなかシブく、ほんの数日のうちに根性が顔に表れてきたみたい。

8月3日(火)
 歩いたり走ったり、動いているときはもちろんのこと、じっとしていているときも姿勢を保つために、人間の体は筋肉が連動して働いている。イヌやウマもそうらしい。ミミズやおけらやアメンボはとかは知らんけど。
 収縮する反対側の筋肉は引っ張られて伸びているわけだ。じっとしているときはそのままの状態がキープされる。元に戻るときは伸びていた側が縮み、さっき縮んでいた筋肉は逆に引っ張られて伸びるのだ。要するに筋肉は1個だけで働くのではなく、いつもセットであるということと、縮むパワーだけでなく伸びる柔軟性が欠かせない。
 しかも前後、左右、上下と3次元でバランスを保っているわけだから、どこかでパワーが失われたり固くなったりしてバランスが崩れると、みょうちくりんなことになる。ヘンな姿勢のクセがあると、いつも過度に緊張して固くなっている筋肉と、反対側で弱くなってしまった筋肉ができあがって、結果、骨格がゆがむんですね。大概の人間は背骨が左右のどちらかに曲がっているそうで、鏡の前で自然に立つと一方の肩が下がっているわけだ(おれもそう)。
 あぐらをかくときの足の組み方がたいてい決まっているのは、逆は組みにくいからで、筋肉の伸び縮みに左右差があることの証拠である。これは左右にゆがんだ例ですが、背骨が猫背にゆがんだり、骨盤が前傾したり後傾したりする。肩こりだの腰痛だの膝が痛いだの「年取ったからしょうがない」ことの理由は、ここいらにあるらしい。日常生活の動作や姿勢は、左右非対称なことが多いし、とりわけ現代人の文明生活は同じ姿勢を取り続けることがのことが多いから、こりゃいかん。
 一定のところまでゆがむだけゆがんでしまうと、それ以上は酷くならないらしいが、元に戻すのが大変なのだ。
 肩こりや腰痛も難儀だが、ゆがんだ身体のまま動かすと、ゆがみはひどくなるというのが問題だ。つまり「運動不足だからカラダでも動かすかぁ」という、一見カラダによさそうな発意も、いわゆるひとつの勘違い、ということだ。
 最近ようやく、体脂肪率を下げるには有酸素運動しかないことが広く認知されてきたけれども、ゆがんだままのカラダで有酸素運動しても筋肉の働きが悪いので、思ったほどの効果がないのである。
 まぁ、これがデブの素(のひとつ)だから、こんなエクササイズしようやという原稿をあと1週間で70ページ分ほど書く。キャプションを200個くらい書きつつ、若いお姉さん向けの語り口を考えよう。

Jul. 2004

7月31日(土)
 この数日分を読み返してみると「昨夜は何飲んだ日記」になってるな。で、昨夜はスリランカ取材チームの暑気払いで東銀座。このウェブを中断していた4月半ば、スリランカへ行ったのだった。え、もう3か月も経ったわけ?
 今秋発売の雑誌の取材で、SG館チーム3名で行ったのだが、タイアップご招待だったので、CS放送A社とJ通信社のおじさん(失礼)を含め、日本チームで動いたのだった。この2人のおじさんは海外赴任歴も長く、国際ジャーナリストのカテゴリーに属する方々なのだが、話好き酒好きな気さくなおっさん(またまた失礼)なのであって、大いにお世話になったのだった。  で、3か月ぶりに5人で集まったワケだ。やっぱり話好き酒好きな気さくな方々であって、スリランカ航空の軟派なオヤジの来日話からイラクで散った橋田さんの話題まで、ひたすら四方山話で盛り上がってあっという間に数時間が経つと、さぁっと電車で帰って行かれたのであった。ハードが商売なのに健康で長続きの秘訣はコレかもしれん。自己管理、というよりも危機管理能力に近いかもと思いながらも、I編集長とダラダラ飲んでから帰った。ところが! 代々木から参宮橋に向かうあたりでぴくりとも動かない渋滞となり、小一時間かかって幡ヶ谷まで歩いたところ雨が降り出し、タクシーはつかまらずで散々。日本でのほほんと暮らすお気楽商売では、危険の予知と危機管理の能力は身につかんよ。

7月29日(木)
 先日のエクササイズ本、写真が上がって構成打ち合わせということで、昨夜9時ごろから目黒のロイホ。打ち合わせ3時間、雑談1時間という近来まれにみるハードワーク、しかもクルマだったのでアルコールなし。

7月28日(水)
 おれ、学生時代〜会社員時代、東京に来てから15年くらい、ずっと中央線+丸の内線と西武線(東武線東上線も少々)の間で暮らしていた。時計の文字盤でいうと、都心を中心に見ると8時半〜10時(10時半も少々)という方角ですな。
 旧刊ですが、三善里沙子の『中央線の呪い』によると、中央線沿線に住むと、DNAが中央線人化するらしい。と、どうなるか。“能書きばかりタレて、金を出さずに口を出す。食べ物にうるさくなって、頑固でしかも天の邪鬼になる”んだそうな。思い当たる人、自薦他薦たくさんいるよね。だから中央線沿線には旨い食い物屋や呑み屋、古本屋、インド屋、猫etc.が多いという怪ガイドなんだけど、今もって昭和の文化がまだらに残るゾーンなのだ。
 まぁ、平成も16年にもなるとずいぶんと近代化されていた気はしたのだが、阿佐ヶ谷からタクシーで5分、西武新宿線鷺宮駅界隈の夜風の匂いは学生時代となんにも変わっちゃいなかった。
 昨夜、入った鷺宮のバー(フツーいかんぞタクシーで)は、ドア一枚でちょうど25年ほどタイムトンネルをくぐったような店だった。長髪のマスター、ガットギターを爪弾く客、微妙に体を揺すりながら聞く学生風の兄ちゃん、店の隅で酒飲んでる髪の長い姉ちゃんなどなど。みなさん常連さんらしく、先日のキャンプだかバーベキュー大会だかの写真を回して楽しそう。壁にはモーリスのフォークギターがかかっていたのも見逃せない。あ、ちなみにジントニックは380円(だったと思う)。
 居心地がいいんだか悪いんだかわからないこの雰囲気は、まぎれもなく70年代。どうすか、たまにはこんな店。

7月25日(日)
 昨日は朝も早よから終日、原宿のスタジオでT社痩身エクササイズ本撮影&取材。編集部が手配したカメラマンS君は、偶然にも数年来の知己だった。おれがよく仕事をしていた巨匠Uさんのアシスタントから独立していたのである。ついでにUさんは偶然にもこの本の編集担当Mさんの高校時代の親友R子の同級生で、10年くらい前、彼女の結婚式で写真を撮っており、Mさんとおれはその結婚式に居合わせて偶然にも写真に撮られていたのだった。世の中は狭い。
 200カット近くあるのでこりゃ1日では終わらんかもと懸念したのだけれども、思ったよりもさくさく進んで19時過ぎには終了。これ、8末配本のため、またもや密度の濃いーい仕事なんだが、イヤでも手離れがよくなるのでむしろありがたい。千日手みたいになってしまった仕事も抱え込んで胸がつかえているもんだから。撮影後、編集担当Mさんとメシ+酒。ナントカというドイツ語でラベルの書かれたイタリア産の苦いリキュールのおかげか、本日快調。

7月22日(木)
 こういうのを「地獄の釜の蓋が開いたような」っていうんだっけ。アホみたいに暑いですな。おとといだったか、東京は観測史上の最高気温を更新したそうで、39.5℃。呼吸すると熱風が肺腑にあふれる感じ。無謀にも自転車ツーキンしたもので。こりゃ命にかかわるじゃろーが、と自転車ツーキン03-04シーズンの終了を決定したのだった。

 ほんのすこしだけれども今日は爽やかな気がして、懲りずに自転車で来てしまったわけで、まぁ、プレシーズンマッチということにしておこう。で、ようやくこのページもほんとに復活させるつもりで書いている。とにかくキーボードをたたくという習慣が抜けてしまって(とくに原稿料ナシの場合ね)いるので、しばらくはリハビリのつもりで愚にもつかないバカ話をだらだら書こうと思うので覚悟してくだされ。

 12日のとこでもちらりと書いたけれど、6月末から2週間でリライト約144p+編集一式(イラスト下描き70点含む)という無謀な仕事をしていたのだが、今日はもう見本が届いていた。だから微妙に燃え尽きてしまった気分なんですね。
 細かい、といったら失礼かもしれんがコミックの欄外ネタ50本といった締め切りは、データさえそろえてしまえば1日だしなぁと、ペース配分がわかってくると仕事じゃないことに時間を割いてしまうのが自営業者の特権である。

 暑いし、仕事場に行かないでビールでも飲もうか、という誘惑を振り払って、ここんとこおれが手がけているのが事務所の掃除とウェブページのメンテなのだった。前者は一仕事終わったからコピーやゲラなど捨てるべきものを捨て、返却すべきものは返却し、ということですね。あとMac内の整理整頓も(昨今のように画像データが大量にあるとこれがけっこう大事)。問題は後者。

 SPAM問題でございます。バイアグラのゾロ薬だの金儲け法だの金貸しだのダイエットだの強精法だのナニの寸法を1インチ大きくしてやるだの出会い系だのエロサイトだのマイクロソフト製品の海賊版ソフトだの英文くずメールが日々100通以上くるわけだ。最初はいちいち「そんなんいるかいや、目のケガレじゃぁ!」と毒づきながら怒りを込めて消していたのだが、むなしいです。
 原因のひとつがウェブページに記載したメールアドレス。これをロボットが巡回して拾っていきやがるらしい。

 対策として、やたらにmailtoでリンクを張らないい、メタタグにロボットよけのおまじないを入れるといった作戦を実行しつつあるのだけれど、勘定してみると8年間もこんな無駄話ページをやってきており、むちゃくちゃファイルがたくさんあるのよ。ソーラーカーのとこなんか全面的にリニューアルなんか始めちゃったりして、大掃除で古新聞を飲むよりまだタチのわるい状況になってきておる。

7月12日(木)
 6月22日に四国で著者に会って取材した書籍、本日が白焼き校了。うへぇ。2週間ほど生命維持のために必要な時間とツーキン時間以外のすべてを費やしたら、間に合った。やってた本人がマジっすか、と思うくらい無謀なスケジュールと内容だったが、1か月与えられたらできなかったかも。異様なテンションと体力が保てるのが2週間だったってことなんだろう。
 とはいえ物量の不足を精神力で補う旧日本陸軍のような作戦をとらなかったことが勝因だったとしみじみ思う。3月末、事務所のMacをG4最終モデルに入れ替えておいたのはとにかく正解。しかも光回線にしておいたおかげで、資料写真やイラストのやりとりが速い速い。とりわけ上りが速いのがスバラしい。5〜10MBあっても数分で送れてしまうわけで、クソ煮詰まっているときにADSLやケーブルTVで30分も40分もかかってたらと思うと逆上もんですぜ(しかも毎日何回かあるわけだし)。
 おまけに四国に行く前日、カードでPowerBookG4(12inch)を買って持参したわけで、以降これを持ち歩きながらの「どこでも原稿書き」スタイルが定着。生命維持とツーキンに必要な時間以外をキーボードにたたきつけるにはきわめて有効でしたな。

 あ、そんなことはともかく、時事ネタでひとつ思い出した。
「無礼なことを言うな。分をわきまえなきゃいかんよ、たかが選手が」
 こりゃすげぇ、しびれた。本気で言ってるんだもんなぁ。「たかが選手」「たかが観客」「たかが読者」「たかが社員」「たかがフリー」、たかがと言われないヒトになろうと思うわけではないけれど、いったい誰なら「たかが」といわれないのだろうか。広告収入命の新聞社なら広告主サマなんだろうが、このジジイなら蹴散らしてしまいそうだ。
 おれはもともと読売巨人軍はキライだし、読売新聞も取ってないから、4チャンネルを見ないこと、ニッポン放送を聞かないことぐらいしかいまさらすることはないのだが。


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